オケなしのOKナッシー

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「生きていることは、苦しみだ」

"人間は苦しむために生きている"

苦しむことはつらいが、苦しまない人間に"愛"は解けない。

苦しむことは恐怖だが、その苦しみを理解しているから、人に優しくもできる。

たとえ裏切られても、憎むぐらいならその代わりに与えよう。与えることは自分を憎しみから救う行為です。もし憎しみを感じるのなら、無理に消さなくてもいい。自分を責めなくてもいい。ただ、その気持ちを受け止めてやればいい。他人の間違いを許すように。自分を許してやればいい。

苦しむことは、けして弱いからではない。温かいからだ。こころがあるからだ。そして生きているからだ。

生きているから苦しい。死んでしまえば、楽になれるかもしれない。しかし、愛するひとと触れ合う喜びもなくしてしまう。

生きているから苦しい。それなら楽になろうとするな。ありのままに時間を過ごして、情けなく泣けばいい。泣くことは悪くない。それを悪く思うからダメなんだ。弱い自分を許してやってほしい。ありのままって言葉にとらわれるな。きみはきみ。ぼくはぼくさ。

生きているから苦しい。苦しみは平等に与えられる。貧乏な人にも富裕層にも。先進国だろうと発展途上国だろうと。軍人だろうと奴隷だろうと。不思議な話さ。パンを好きなだけ食べる人間が嘆いて、食べれない人間が希望をゆめ見る。だいたいの人間は気づかぬうちに牢屋の中にいるんだ。それに気づきもしないんだ。

生きているから苦しい。だから自由をゆめ見る。
ぼくはしっていたんだ。自由を手にしても
同時に不自由を手にしたことに。なにかを得た瞬間にまた違うなにかが欲しくなる。その繰り返しだ。
だから、なにかに妥協したりあきらめたりするのさ。
それだって悪くない。生きるとは、そんな風に選択することだから。

生きているから苦しい。そんなあたりまえ。
そんな苦しみが時には愛しく感じる。
苦しみとは、道程である。
自分しか知らない涙があった。挫折があった。敗北があった。失敗があった。憎しみがあった。怒りがあった。失意があった。諦めがあった。妥協があった。意地があった。プライドがあった。熱意があった。誇りがあった。愛情があった。思いやりがあった。

苦しみとは、分身である。
もうひとりの自分だ。だから優しくしてあげないといけない。こどもの寝顔を見守るように。
だから、今日ぐらいは、好きなようにしたらいい。