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『夢を叶えるゾウ』について語ります

どうもこんちゃーす。オケなしです。

 

2020年7月9日、5年振りに『夢を叶えるゾウ』の新作・「夢を叶えるゾウ4 ガネーシャと死神』が発売されました。シリーズ累計400万部を突破した自己啓発小説の金字塔の続編ということで、ぼくをはじめとしたガネーシャのファン、通称『ガネーファン』は歓喜の声をあげている。

 

『ガネーファン』ってなんや!

ってセルフつっこみをしたところで、

本題に入ろうと思う。

 

どういうストーリーなの?

 

主人公であるぼくは"成功したい"という思いを持っているものの、なにをやっても上手くはいかないいわゆるダメ人間である。

そんな主人公は、ある日現実逃避をするかのごとく酔い潰れてしまいました。

翌日、自分の部屋には、ゾウの姿をした変なやつがいました。そのゾウは、ガネーシャという神様で、

夢を叶える力があるそうなのです。半信半疑ながらもぼくはそのゾウと契約することになりました。

それから、毎日ガネーシャから課題をもらうことになります。

 

ガネーシャの性格は、神様とは思えぬほど私欲にまみれていました。ヘビースモーカーで禁煙は続かない。あんみつが大好きで大量のあんみつを主人公に購入させる。横暴でめちゃくちゃで勝手に借金をしたりする。

そんなガネーシャのやりかたに被害を被ったり、反発する主人公。

しかし、ガネーシャの課題をこなしているうちに

主人公は変化していく。

この物語は、ぼくという人間がガネーシャこと「夢を叶えるゾウ」の力を借りて、成長していく物語である。

 

夢を叶えるゾウは他の自己啓発本とは違う

 

まず、小説というのが、今までになかった視点である。自己啓発本としても見れるし、おもしろい小説としても楽しめる。また教えが具体的で分かりやすく、やろうと思えばすぐできるものもある。

 

たとえば、くつをきれいにする(仕事道具を大切にするという教えから)やトイレ掃除をするなどがそうだ。

 

やれるけど面倒だからやらなかったものが教えの中には多数あるのだが、かくいう自分も実践している教えは少数だ。

 

成功している人間と成功していない人間の差というのは、めんどうなことをやるかやらないかの違いだとガネーシャはいっていたが、そうなのかもしれない。

 

なにを実践するか?そして続けるか?

 

ガネーシャの教えというのは、成功者や偉人と呼ばれる人が実践してきた教えである。その中には、これをやって意味があるのだろうか?という教えがかず多くある。

 

有名なところでいうと、

トイレを掃除しろ

募金をしろ

靴をみがけ

 

などがそうだ。

ぼくはただ素直に実践するだけでは、意味がないと思う。

 

なぜ、その人がそれを実践するのかというプロセスを知らなければ意味がないと思う。

 

たとえば、トイレ掃除をすることにより、

汚いモノに慣れたり、きれいにする習慣が身についたりする。そういうプロセスがあるから、ガネーシャはきっとトイレ掃除をしろといっているのだ。

 

ガネーシャはかず多くの教えを主人公に課す。しかし、ここで問題となるのは、時間というのは有限という問題である。

 

仕事をして、家について疲れてだらだらと

過ごすのも時間の使い方。

 

仕事をしながらもその隙間時間で勉強するのも時間の使い方。

 

どちらがいいという問題ではない。

どちらを選んでもいいというのが、答えである。

 

ガネーシャはいっていた。

 

「夢に頑張る自分も好きやけど、だらだらと過ごす自分もケンカしてる時の自分も好きやで」と。

 

夢を叶えることが全てじゃなくて、

叶えようとすることが全て。

 

コブクロの「DOOR」の歌詞っぽくなりましたが、

ぼくはそう思いました。

ぼくも夢を叶えるゾウのぼくみたいに、

自分なりに夢を追っかけています。

その過程では、努力をしても上手くはいかぬことばかりです。

 

努力が足りないから?そうかもしれません。

もっとあつくなれるかもしれません。きっともっとやれるはずです。

 

しかし、努力はきついから長くは続きません。

ぼくはすぐ諦めてしまいます。

だから、ぼくはどうしたら楽に続けられるのか?

そんなことばかり考えてしまいます。

 

でも、ぼくは、自由のためだったら、

なんだってやる覚悟はあります。

自由はぼくにとって、

好きなことをしている時間です。

 

歌を歌い、人をたのしませる。

小説を書き、その世界観で人を魅了する。

好きな女の子とあきれるほど愛し合う

 

多くのことはなくてもいい。

栄光や地位や名誉もいらない。

ただ、好きなことをして

生きる!

それができれば、大量のお金もいらない。

 

ぼくにとって、それが

すべてである。

 

と悟れたのは、

ぼくが自分なりに必死に夢と向き合ったからだ。

仏教を学んだり、アドラー心理学を少しかじったり、成功哲学を読みあさったり、歌を必死に歌ったり作ったり、小説を書いたり、YouTubeに動画を投稿したり、編集をしてみたり、ブログを書いたり、、、

 

どれもこれも不器用で中途半端で、飽きっぽくて続かない自分だけど、、

 

そんな自分だけど、

ぼくは夢をあきらめない。

 

それはかっこつけとか見栄じゃない。

ぼくには、きっとそれしかないから。

それしかないと知っているから。

 

だから、ぼくは夢を叶えるために

今を生きている。

今を楽しんでいる。